
その日は、とくべつなことのない、ふつうの一日でした。
少なくとも、ピギーサはそう思っていました。丘のてっぺんにすわって、暗くなっていく空を見ながら、大きなため息をつきます。「きょうは、なんにもいいことなかった。なあんにも」
フォフショがとなりにすわりました。「ありがとうゲーム、してみる?」
「それ、どんなゲーム?」
「かんたんだよ。きょうあったいいことを思いだして、ありがとうって言うんだ。ひとつにつき、前足の指を一本おるんだよ」
ピギーサは鼻にしわをよせました。「でも、いいことなんてなかったもん」フォフショはおだやかにききました。「ひとつも? 朝ごはんは?」
ピギーサは考えました。あったかいオートミールに、はちみつをひとさじ。「……わかった。オートミール、ありがとう」ピギーサは指を一本おって、ちょっとびっくりしたようにそれを見つめました。
すると、つぎつぎに思いだしてきました。毛糸玉の糸をひっぱるみたいに、ひとつが、つぎのひとつをつれてきます。「朝、せなかをあっためてくれたお日さま、ありがとう」もう一本。「ボールをかしてくれたニーナ、ありがとう」また一本。「おはようって言ってくれたお花も、とびこんだどろんこの水たまりも、ありがとう。ほねがお医者さんに行くじょうだんを言ってくれたチコも」
ピギーサは、じょうだんを思いだして笑いました。それから前足を見ると、指はもう、ぜんぶおれていました。
「フォフショ、指がたりない! まだありがとうがいっぱいあるのに!」
「ぼくの指をつかっていいよ」フォフショは大きな前足をさしだしました。ピギーサはつづけます。
しっぽにとまってくすぐったかったちょうちょ、ありがとう。つめたくておいしい小川のお水、ありがとう。お昼ね、ありがとう。村からただよってきたパンのにおい、ありがとう。フォフショ、ありがとう。ふたりぶんの指がぜんぶおれてしまうと、ピギーサはびっくりして、しずかになりました。ふつうの一日は、いいことでいっぱいだったのです。
空はもう暗くなって、星がひとつ、またひとつと出てきました。そのとき、流れ星がひとつ、ゆっくりゆっくり空をよこぎりました。そしてとちゅうで、丘の上に、光のハートをえがいたのです。
「見て、フォフショ!」ピギーサがささやきました。「空も、ありがとうって言ってるみたい」
ベッドの中で、ピギーサはもうみっつ、ありがとうを言いました。やわらかいまくらと、あったかい毛布と、もうすぐやってくるねむけに。あなたは? きょう、なにがうれしかった? ねむる前に、小さな小さな声で、おしえてね。
